あなたの鳩の巣原理はどこから?
私はZFC公理系から
はじめに
東大数学サークルB4UT 代表のじょーどです。
鳩の巣原理とは、「個の物を個のグループに振り分けるとき、ならばどこかで重複が発生している」という内容の定理です。 「10羽の鳩を9個の箱に重複なく収めることは出来ない」という例えが有名であることから名がついています。
この定理を集合論のことばで記述します。 有限集合の要素の個数は濃度に一致*1しますから、
と書き表すことができます*2。 この対偶は
となります。
この記事の目標は、 ZFC公理系から出発して順序数と濃度の定義(の一つ)を述べ、 上に示した定理を証明することです。 個人的な興味と知識の確認を目的として執筆されているため、エンタメ的な面白さはあまり考慮していません。
第1章 ZFC公理系
§1 基本的な約束
- 一階述語論理における諸般の概念を前提とする.
- 特に記号系として変数 括弧を用いる.
- ただし高度な知識は要しない.
- 基本的述語記号は
の2つのみとする.
- これらから定義できる一般的な記号については,定義を述べずに用いる場合がある.
- などの変数は全て集合を表すとする(集合一元論).
- 特に集合の元はそれ自体集合であることに留意する.
§2 ZFCの公理
(1) 外延性公理(Extensionality)
(1)より=の
- 反射性:
- 対称性:
- 推移性:
(2) 削除
(3) 空集合(Nullset)
(4) 対(Pair)
例えば「『自分自身を元に持たない集合』全体の集合」,すなわち が存在することを認めれば,であってもであっても矛盾が生じる*3. このような問題を回避したければ,「物の集まり」のうちあまりにも大きなものは集合と認めてはならない.
この公理系の意味するところは,公理系で認めた「対」「合併」「べき集合」などの操作から得られるものだけを集合と認め,議論の対象にしようということである.
集合とは限らない,単なる集まりのことはクラスと呼んで区別する. 特に,集合でないクラスのことを真のクラスという.
多少意訳すれば,この公理は「2つの集合をペアにしたものは,再び集合になる」というルールを定めていると理解できる.(5)(6)(7)なども同じように理解するのが良い.
(1)よりは一意的なので,これをと書く.
(5) 合併(Sum Set,Union)
(1)よりは一意的なので,これをと書く.
(6) べき集合(Power Set)
(7) 置換公理(Replacement)
論理式に対して
(8) 正則性公理(Regularity)
(9) 無限公理(Infinity)
(10) 選択公理(Axiom of Choice)
§3 正則性公理による帰結
(1)
なるが存在したとすると, は正則性公理を満たさない.
(2)
を仮定する.
とすると, よりは正則性公理を満たさない.
第2章 順序集合
§1 反射型順序による定義
§2 非反射型順序による定義
上で見たように,順序集合を定義する際は,
反射型順序から出発しても,
非反射型順序から出発しても,
同等の結果が得られる.
今後は順序関係は上のどちらか一方で定義されているものとし,
断りなくおよびを用いる.
§3 順序集合に関する基本的概念
このとき, 単に「(あるいは)は全順序である」 ということもある.
さらにが全単射で逆写像も順序保存写像であるとき, は順序同型写像であるという.
との間に順序同型写像が存在するとき, とは順序同型であるといい, とかく.
§4 整列集合
(proof)
を任意にとると, 仮定よりは最小元を持つので, または が成り立つ.
(proof)
が空でないと仮定する.
は整列集合なので, の部分集合は最小元を持つ. このときであるが, は順序を保つから.
従ってであるが,これはの最小性に矛盾する.
(proof)
としてよい. は整列集合のによる始切片なので, 上のLemmaから主張が従う.
の任意の始切片がのある始切片に順序同型ならば, はあるいはそのある始切片に順序同型である.
(proof)
と定義する. これは単射を定める.
実際,仮定より定義域は全体であり, Thm 2.4.3よりが写像であることと単射性が分かる.
が順序保存写像であることを示す.
なるをとる. の定義より 従ってとの間には 順序同型写像が存在する.
もしであるとすると, となり,が自身の始切片と順序同型になるので矛盾.
もしであるとすると, よりとなりのとり方に矛盾.
は整列集合だから特に全順序である. よってであり,は順序保存写像である.
更に, が成り立つ.
実際とすれば,より .
の定義から順序同型写像が存在するので, 順序同型が成り立つ.
従ってであり,.
が全射でなければ, をの最小元とすると, 上で示した性質から となる.
は2つの整列集合の間の全単射な順序保存写像なので, 順序同型写像である. 従って.
が全射ならであるから, 上と同様にして.
以上で主張を得た.
(proof)
整列集合は自身の始切片と同型でないから,2つ以上が成り立たないことが分かる.
以下1つは成り立つことを示す.(c)が成り立つ場合はよい.
(c)が成り立たないとする. このとき,の任意の始切片はのある始切片に順序同型である.
実際,そうでないとすると, は最小元をもつ. 最小性からなので, Thm 2.4.4よりはまたはそのある始切片と順序同型である.
これはのとり方と(c)が成り立たないという仮定に矛盾する.
再びThm 2.4.4を用いれば, はまたはそのある始切片と順序同型である. 従って(a)または(b)が成り立つ.
以上で主張を得た.
第3章 順序数と基数
この章では順序数の定義,および集合の濃度の定義を与える.
§0では一度本筋を離れ,具体例を交えながら順序数のイメージと満たすべき性質を提示する.
§1では順序数の厳密な定義を与える.
§0 自然数
普段使っている「自然数」に相当するものを以下のように構成する.
自然数の一つひとつにある集合を対応させる.
以下同様にして,の次の自然数を
によって定義する.
,
であるから,
である.
同様にして,
が成り立つ.
このことから,特に以下の性質が成り立つ.
- 上で定義した集合""の元は"",""の2つである.
- 同様に,集合""の元の個数は個である.
- 集合はより小さな自然数,,,,を元とする集合である.
- 従って,(通常の意味で)であることは,であることと同値である.
- 自然数に対して,のいずれか一つだけが成り立つ.
ただし,ここでの目的は自然数を構成することであるから,
- 集合""と集合との間に全単射が存在するとき,「の元の個数はである」という.
- であるとき,「はより小さい」という.
と考えるのが正当である.
この大小関係に関して任意の2つの自然数は比較可能であり,
更に推移律
が成り立つ.
これらに対して通常の加法や乗法に相当する演算を,
集合の言葉で定義することは易しい.
これを少し広げた「順序数」というものを考える.
要請される性質は以下のようなものである.
- 順序数は「より小さな順序数」全体の集合である.
- 順序数に対して,のいずれか一つだけが成り立つ.
- 順序数に対して,
例えば自然数は全て順序数である*6.
また,自然数全体の集合は,
任意の自然数よりも大きな最小の順序数である.
が集合であることは無限公理によって保証されている.
以上の内容を背景として,次節では順序数の厳密な定義を与える.
§1 順序数
(proof)
は上の定義から従う. と仮定するとThm 1.3.1に矛盾する.
- は推移的である.
- (非反射型)順序集合は全順序である.
任意の自然数(例えば)が上の定義を満たすことが確認できる.
ゆえには空ではない.
また,後で述べるがは集合ではなく,真のクラスである.
(proof)
の空でない部分集合を任意にとる.
正則性公理より,が存在して を満たす.
と異なる元を任意にとると, が全順序であることからまたはが成立する. であるとするとに反するから, でなければならない.
従ってはの最小元である.
(proof)
Thm 3.1.1よりが成り立つ. ゆえに
(proof)
Thm3.1.1よりなので, は全順序である.
が推移的であることを示す.
なるを任意にとる. は推移的なので.
Thm 1.3.1より とが成り立つ. は全順序なのででなければならない.
従っては推移的である.
この定理(とThm.3.1.7で述べる順序数の比較可能性)から分かるように,
順序数は自身よりも
(の意味で)小さな順序数全体の集合である.
最小の順序数はであり,
次いで小さいのは,
その次は,と続く.
(proof)
の最小元をとすると, が全順序であることとが推移的であることから, が成り立つ.
他方とThm3.1.3よりであるから.
よってが成り立つ.
(proof)
であると仮定する.
の最小元を, の最小元をとおくと, であることから が成り立つ.
を示す.
を任意にとると, が全順序であることから が成り立つ.
は推移的なので, の場合は となり のとり方に反する. 従ってでなければならない. は任意なのでが成り立つ.
一方とするとの推移性から.
の最小性からであり, 従ってである. ゆえに.
以上よりが成り立つ.
全く同様にしてが示されるが, これはに矛盾する.
正確には以下の性質が成り立つ.
(proof)
(1)
Thm 3.1.4として示した.
(2)
順序数が推移的であることから従う.
(3)
かつとすると, Thm 3.1.6より.
は順序数なので特に推移的である. ゆえにThm 3.1.5より あるいはのいずれかが成り立つ.
以上で示された.
(proof)
もしが集合であるとすると, Thm 3.1.7より自身も順序数となる. これはを意味するので矛盾.
以下では順序数の大小を
で書き表す.
このときが成り立つ.
が順序数であるとき,をの後続者という.
(proof)
が存在したとする.
より. 従って.
これはに反する.
次の定理はが集合の場合には明らかだが, 一般の場合にはそうではない.
(proof)
を一つとる.
は順序数の部分集合であり, を元に持つから空でない.
従っては最小元を持つ.
このがの最小元であることを示す.
とする.
ならばのとり方から.
ならば, なので.
ゆえにはの最小元である.
§2 基数と濃度
ZFCで成り立つ以下の定理を証明せずに用いる*7.
これらの定理によれば,
任意の集合は適当な順序を入れることにより
ある順序数と順序同型にできる.
順序同型写像は全単射なので,
このときとは対等である.
従って,と対等な順序数全体のなすクラスは空ではない.
Thm 3.1.8により,
このクラスは最小元を持つ.
これをの濃度という.
順序数が基数であることは, であることと同値である.
(proof)
(proof)
より, を満たすの部分集合が存在する.
は整列集合なので, Thm3.2.2よりある順序数ととの間の順序同型写像が存在する. 特になのでとは対等.
はと対等な最小の順序数であるから.
ここでと仮定するとThm 3.1.3より.
の値域をだとみなせばThm2.4.2より.
従って.
これはに矛盾する. 従って.
以上よりであるから主張が成り立つ.
(proof)
(1)(2)
とおくと, が成り立つ.
Thm 3.2.3より,
Thm 3.2.4よりであるから(2)が成り立つ.
(2)(1)
なら全単射がある.
ならが単射である.
以上で鳩の巣原理が証明された.
おわりに
軽い気持ちで執筆を始めたら思いのほか長大になりました。
Thm 3.2.1およびThm 3.2.2は証明なしに認めましたが、これらを示すには超限帰納法を導入する必要があるため、字数を考慮し証明を省略しました。
今後機会があればこの部分を補完したいと考えています*8。
参考文献
倉田令次朗,篠田寿一.公理論的集合論.名古屋,河合文化教育研究所,1996,152p.
田中尚夫.公理的集合論(現代数学レクチャーズB-10).培風館,1982,273p.
田中尚夫.選択公理と数学【増訂版】,“発生と論争,そして確立への道”.増訂版,遊星社,2005,262p.
松坂和夫.集合・位相入門.岩波書店,1968,329p.
*1:論理的には「一致」よりも「対応」とでも表現する方が適切かもしれない
*2:鳩に対応する集合を,箱に対応する集合をとしている
*4:元と集合は区別されないので2集合と呼ぶべきかも知れない
*5:このは「ならば」の意味ではなく写像の定義域と値域を表す矢印である
*6:「性質1-3からそれが分かる」と言っている訳ではなく,単に事実を紹介しているに過ぎない.実際,どの集合が順序数であるのかを確定させなければ,性質1-3が成り立つか否かを判断することは出来ない
*7:ZF(ZFCから選択公理を除いた公理系)のもとでは,整列可能定理は選択公理と同値な主張であることが知られている
*8:嘘である(したくはない)